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  • 2019.05.08 Wednesday
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3月20日〜21日のツイッターの呟きを
手動で記載。

今夜は遅いので、近日中に
詳しい内容を、記載しますねー


*********

nakajimadrive ‏@nakajimadrive 7時間
さてー!かえるよー!今日は年度末のハンニャーズ総会!いろんなことが決まるよーーー

nakajimadrive ‏@nakajimadrive 41分
年度末のハンニャーズ総会、終了。4時間に渡って、話し合い話し合い。ここ5年で一番創造的な話し合い。

nakajimadrive ‏@nakajimadrive 37分
ハンニャーズの稽古場倉庫(100平米高さ4メートル)空間を、劇場化しますよー。 沢山の方々に働きかけて、大工仕事を手伝ってもらわなきゃ。。。およそ3月末から施開始、 よよそ1か月半で大層な空間に仕立て上げるのだ!

nakajimadrive ‏@nakajimadrive 34分
古町の新劇場とバッティングはしないと、逸見くんとも確認済み。お互い、居心地のいい空間をつくっていこうね、と応援しあう。

nakajimadrive ‏@nakajimadrive 31分
【募集】3月21日(金)19:00〜ハンニャーズ稽古場(新潟市南区大別當949)にて、ent.機材の整理整頓を行います。物凄い物量なので、もし、お手すきの方がいましたら、お手伝いくださいまし。。。待ってまうす。

nakajimadrive ‏@nakajimadrive 26分
モノ運んだり、釘打ったり、ボンド塗ったり、単管組んだり、ドリル使ったり、ペンキ塗ったり、、、月潟の倉庫をお金かけて改装(お金はハンニャ持ち!)して、みんなで使える空間に仕立て上げたいのです。24時間稽古が出来て、いつでも使ってもらえる空間を。3年間はもたせます。一緒に遊ぶにゃん!

nakajimadrive ‏@nakajimadrive 20分
稽古場倉庫の劇場化??? ent.閉鎖が決まって、新劇場の候補地を探して、見つからなくって、いろんな方とお話をさせてもらって、そんで、稽古場でやろう!ってなって、古町の候補とが決まって、紆余曲折あって、やっと総会で方針と予算が決まって、みなさんの協力を仰げる段階になって、なう


nakajimadrive ‏@nakajimadrive 14分
大勢で断熱がしたい。大勢で遮音がしたい。大勢で黒ペンキの刷毛を振るいたい。大勢で単管にぶら下がりたい。大勢で作業後の一杯を交わしたい。んで、大勢で雑魚寝したい。水洗トイレもあるんだよ!って星空に叫びたい。


いっせーの!で動くのは難しいから、コツコツ作業しながら、あなたの刷毛を待ってまうす。ハンニャーズ稽古場倉庫の劇場化、WSの雰囲気でコツコツじっくりやっていきますので、興味のある方は覗きに来てくださいまし。


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zzzzzz


 

シアターent.に代わる(と言ってもほんとうの意味で「変らなければ」いけないのですが)
小劇場設立のために、今は個人的にいろんな方々とお話をしている最中で、
新潟の劇団の主宰者の方々と、サシで話したいと思っています。

ひとりで運営のための方法と資金を試算しているのですが、
「はなはだ現実的でない!」
と頭を抱えてしまいそうになる結論、と同時に
「何とかしてやる!」と言うスケベ心にも似た、夢を見たいという欲が湧いてきます。

いまは個人的に動いている段階ですが、
上手くいくにしろいかないにしろ、
これだけのインパクトのある事件に対して
具体的なアプローチを企ててみたいと思うのは僕だけではないはずです。

演劇シーンの責任を負うという事が、どれだけ大変な事なのか
この10年間で、痛いほど味わったはずなのに、それでもまだ、
夢を見ることだけはあきらめたくない、そんな風に思ってしまうのです。

僕の提案をどれだけの劇団・演劇関係者が受け入れてくれるのか?
提案自体をどれだけ強度のあるものに出来るのか?

まずはその部分に関して、覚悟を決めて動き出したいと思います。

出来る?出来ない?それを確かめずにはいられないのです。
ひかりを見つけられるのであれば、みつけたい、そんな風に願いながら
今夜は眠ります。

おやすみなさい








 

先日東京で拝見した舞台に関して、
少し考えてみた。

Mという人と知り合って
一年半。
この一年半、壮絶な人生を繰り広げてきたM。
人生の密度はかなり高い。

そんなMが初舞台を踏むことになったので、
観劇してきた。
初舞台という事もあるけれど、まぁ、お世辞にもさほど上手くはない。

この一年半、Mに何があったのかを、
この作品をつくった演出家は知っている。
作家ももちろん知っている。
それにしては、
どうしたって、Mにふり当てられた役の強度は低かった。

Mだけではなくて、他の出演者に割り振られた役も、芯の見えにくい役。
「すねに傷を持つ出演者全員」に割り当てられた役にしては
物足りなくてしょうがなかったのだ。

予定調和の物語から、
俳優以前の人生強度が収まりきれていないように見えて仕方がない。

それでも、M達は目を輝かせ、役に対して真摯であろうとし続けていた。
その目の輝きに、個性的なるもの、を見てしまったのは、
たぶん俺だけではなくて、
観客席からは、M達を応援するような親心か!?というほどの静かな熱気があったことからも、事実だろうと思う。

個人的な応援はさておき
(実際は「さておき」と言えないほどに混乱したのだけれど)

M達が、「舞台に立ちたい」という思いは
「表現したい」よりも
「解放されたい」という切実な願いのように思えた。

そんな人生強度を持つ人間を
俳優たらしめて
作品たらしめるのが
作家であり、演出家なんだろうなぁ、と考えている俺にとっては
やはり、少々満足のいかない作品。
こんなことを書いていると、
「お前何さまだよ!」と内なる声が聞こえてくるのだけれど、無視。

それとは別に、俳優が俳優であるための技術を持つことは大切だとしみじみ感じました。
俺の作品に対する感想は誤解かもしれないので、それを解くためにも
必須なのだと思う。
M達がその人生強度をも表現できる俳優技術を持っていたとすれば、
作品はもっと違う見え方をしたのかもしれないのだから。

もう一つ、感想を。
俳優術を持っていないとしても、
それでも零れてくるM達の魅力といういのは、それはそれで
「個性なのだ」とも思った。
出来うるならば、零れてくる個性的なるものを、
掴める程に感じたかった。

演出家の仕事・作家の仕事について、
厳しいものだなぁ、と再確認するような経験でした。
あ。もちろんプロデューサーの仕事としてもね。

さて、一番印象的だったのは
ロビーでお客様を見送るM達の姿。

泣いている子もいれば、
ポツンと佇んでお辞儀をしている子もいる。

Mに
「おつかれさまでした」
というと、とても嬉しそうな顔をした。

そこはまだ、劇場の中。

これは演技かな?と思ったのだけれど、
それにしても、素敵な笑顔でした。

この笑顔以上のものを
舞台にあげるのが舞台に携わる人々の仕事。
「普段も素敵だけれど、舞台上ではもっと素敵ですね」
そういってもらえるように、
俳優は邁進するし、作家も演出家も果てなく苦しむのだろうな、と思いました。






























同じ深度で話が出来なくても、

問題はないのだと思う。

お互いの浅瀬と深海が

お互いの淡水と海水が

混じりあう汽水域みたいな場所を

つくれればいいな。

そんなことを夢見て今日も一日の終わりっ


「 スーパープレゼンテーション」で
エリザベス・ギルバートと言う作家が
創造性と天性について、語っていて、とても救われた気分になったので、
少しその話を。
 作家や芸術家音楽家と言ったアーティストが
作品を作る際に直面する、いわゆる「産みの苦しみ」を和らげる方法についての
プレゼンテーションだったのだけど、

創造というものは、妖精たちとの共同作業である。
。。。と考えれば楽になれる

という内容だった。
クリエイティブの一番の大敵は
プレシャー。背負いきれないほどのプレッシャーと付き合うための方法が
チャーミングに語られていた。
エリザベス・ギルバートはヒット作を出した後に、
その後の作品を出産する際につぶれたくない!
と思い、創造性のあり方を探しに探し、
古代ギリシアに見つけたらしい。

創造性というものは自ら絞り出すものではなくて、
自分と妖精の共同作業。
妖精は気紛れだから、いつもうまくいくとは限らない。
「まぁ、とにかく、あたしは、それなりに頑張って自分の仕事をしているのだから、
妖精さんも頑張りなさいよ。うまく行くも行かないもあとはあなた次第なのよ」
と壁に向かって呟けばいいw。

そう思えば、随分と精神的に楽になれる。
うむうむ。確かに!
うまくいかなくて、
自分が空っぽになってしまったようなあの感覚は身の毛もよだつような体験だけれど、
そう考えれば気が楽だ。
全部、自分でやらなければいけないという感覚から抜け出せる。

もともと、
ジーニアス(genius_英語「天才」の意味)という言葉は、
ラテン語で「守護霊」や「守護神」を意味するゲニウス (genius) が語源 。
ジーニアスは、個人のものや俺のものではなくて、
借り物であって、俺は私はジーニアスを宿らせる器に過ぎないと考えたらどう?
という提案だ。

自分の才能におごることなく、
才能が枯れ果てることに怯えることなく、
ただ、自分の領分の仕事をすればいい。
妖精は気紛れであるということを忘れないで、
そして、妖精は敵ではなく、味方なのだと信じることが出来れば
楽になれる。

というようなお話だった。
もう、ほぼ全面的に賛成!!!
もちろん、クリエイティブあるためには日々の仕事を
苦しみながら継続する必要があるのだけれどw

NHKのサイトで
プレゼンの動画見れるので、
産みの苦しみなう、な方達へ
ご紹介
SUPER PRESENTATION
4.22 ON AIR
Elizabeth Gilbert(エリザベス・ギルバート















さくばんのツイッターでのやり取り。
俺としては、随分「ほんね」で話したから
ヤバい話もあると思うのだけれど、
新潟の若手演劇人とのやり取りは、
自分のためにもストックしておいた方がいいな。。。と思い
ここにストック。

以下、ツイッターのTLから抜粋
(時間軸は下の方が過去_冒頭は無理矢理まとめた言葉w)
 

「素人でも、表現したい」という方がいる限り、舞台はなくならないと思います。無くならないのなら、そこに未来はあるのだと思います。未来を覗き見る方法は常に変わり続けます。安穏としないで方法を探し続けることが、生きていくことかもしれません(基本的に辛いので息抜きの方法も学びましょうw)

 

@slp_72 何かする時雇ってよ♪おれ、すげー働くよー♪今夜はおつきあいありがとねーwこんど例の掲示板のユーストに出演してくださいね!ww

 

@slp_72 俺はねー、舞台監督と制作は「仕事」としてじゃないと続かない気がするんだよー。あまりに仕事量が多過ぎるからね。んでもって、そのポジションにいる人がシゴトをしないと「発表」そのものも中途半端なものになる。「縁の下の力持ち」にはせめて現実的な夢を見させてあげたいなぁ

 

人間関係の調整ってシゴトだよ。「発表」までに幾つもの人間関係の交錯と衝突をまとめ上げなきゃいけない。会社だったら、これがお金に還元される。「趣味は団体のコーディネイトです」って言うヤツは信用しちゃ駄目。役者・演出・スタッフ・それぞれの「趣味」をまとめ上げるのは「趣味」では出来ない

 

@slp_72 いや。いないよw実際。いたとしても演出を兼ねて失敗したり、役者を兼ねて失敗するのが関の山。一歩引いた立ち位置を貫いて、「あいつらに託す!」って制作全般に携わり切ることのできる方は・・・いるかな?どうかな?w

 

新潟の演劇界は貧乏症wせっかくのチャンスがやって来ても「お金なんていらないよ〜」って言っちゃうw面白いことをやり続ける人にも「底なしの熱意」なんてものはない。3年先でもいいから「夢」をみられるようなモデルがなければ、やがてやめちゃう。貧乏症は才能を潰します(なんて言い過ぎ?)

 

もしかしたら、「やったもん勝ち」みたいなタイミングなのかもしれないよ。参加者をわけ隔てすることなく「発表」までのコーディネイトをすることが出来れば、それは金銭的なメリットを伴うシゴトになりうるのかもしれない。

 

@slp_72 うん。「各々の生活」って言うヤツを半分以上捨ててる輩が新潟にも少ないけれどいると思うんですよ〜。俺はそう言うキ●ガイみたいな方々に、少しでもいいから利益還元できるようなシステムが出来れば、いいなあと思ってるの。「専門学校で働く」だけが食いブチだなんて悲し過ぎるもん

新潟で演劇にかまけている人は往々にして貧乏です(あったり前ですがw)。かまけているからと言ってスキルが向上しているのか?と言えば疑問符だけれど、「発表の場」をコーディネイトする方々たちに、金銭が還元されるシステムがこれっぽっちもないというのが、閉塞感を生み出している原因の一つです

 

@slp_72 場を作ったり、演出したりとか、宣伝したりとか、って言うコーディネイト料を余裕で支払えるだけの財力(と言っても小額w)が「普通の人」にはあると思うんだよ。演劇にかまけている人は貧乏だからね〜wそれぞれの思惑が合致すれば、「発表」の実現への道のりはあっという間かなw

 

これは嫌味とかじゃなくて、「発表の場」を作るには「発表のためにかかるコスト」をだれが負担するのかという問題を片付けないといけない。単純に金銭的な問題だったりもするから、そこが解決できれば、ものすごく風通しが良くなる。

 

@slp_72 うん。新潟では「発表の場」というのもがものすごく少ないよね。市民権を得ているはずの音楽であっても無料の発表の場というのは少ない。「普通のおじさん」が「普通のおじさん」に向けて発表する場というものが増えれば、観劇の敷居は低くなると思う。採算の話だって、うまくいくはず

 あけましておめでとうございます♪

さて、新年早々、
劇団のメリットというものを考えてみました。
実際
ユニットの方が楽なわけですよ。
あとくされないですし。美味しいところだけやれますし。
地方でやってるアマチュア団体であれば金銭的な利益なんてありえないですし。

じゃ、劇団でいるメリットって?

1.稽古場を持てる
2.基礎的な稽古を継続して行える

こんなことくらいしか思いつきません。
しかもその両方とも、役者本位なわけですw

劇団についているスタッフにとってのメリットっていうのは
実はほとんどありません。

基礎的な稽古ができているかどうか?
これをやらないのであれば、
劇団である意味は半減します。
ユニットであるほうがストレスも少なく精神的に楽です。
組織維持のための金銭的コストもかからないですし。

基礎的な稽古を演出家自ら行えれば言うことないのですが、
そうでないのであれば、
劇団にとって、あるいは演出家が役者に要求するスキルの向上のため
外部からトレーナーを引っ張ってくる必要があります。

基礎稽古から見直してみる。

新年早々ですし、初心に帰ってみるのもいいのかもしれません。










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